丸亀城|小さい現存木造天守でも存在感抜群

丸亀城|小さい現存木造天守でも存在感抜群
2020-02-07
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今回はうどん県にある丸亀城。
地上から見上げる標高66mの石垣のお城は圧巻ですよ。

丸亀城(日本100名城)

丸亀城の藩主は、生駒氏→山﨑氏→京極氏と三家に渡って続いたお城ですね。

丸亀城へのアクセス

丸亀城へのアクセスはとっても簡単です。

JR予讃線(高松駅~宇和島駅)の丸亀駅から歩いて10分くらいの場所にあります。
丸亀駅は、ほぼすべての特急列車が止まるので便利ですよ!

JR丸亀駅はそれほど栄えていませんのでご注意を。

丸亀城HP(丸亀市)

スタンプ設置場所

場所:丸亀城天守閣

開館時間:9:00~16:30(入館は16:00まで)
休館日 :なし
入場料 :200円(大人)、100円(小,中)

丸亀城主の変遷

・生駒氏(1587~1640年)

丸亀城は、豊臣秀吉の家臣「生駒親正(ちかまさ)」が讃岐国領主になってから始まります。
メインは高松城。西讃(せいさん)の守りとしてこの丸亀城を築きました。

この生駒という名字。
ずーっと遡っていくと藤原北家にたどり着き、その子孫が奈良県生駒市を本拠にして付いたようです。

まさか四国で奈良県が出てくるとは!そして、藤原家はとこまで手広いねん!って感じですね。

この生駒氏は4代の時にお家騒動で改易(職の解任と領地の没収)になってしまいました。

・山﨑氏(1641~1657年)

山﨑氏は短命で終わります。三代目が8歳で亡くなり嫡子もなく絶家。
あまり深追いしてもということで、これくらいのネタで・・・。

ただ、生駒氏の讃岐国が終わってからは、幕府が東讃と西讃に分けたことはポイント。

東讃(高松城)→ 松平家
西讃(丸亀城)→ 山崎氏

になったんですね。

・京極氏(1658~1869年)

丸亀城と言ったら京極氏でしょうね!

丸亀城とは直接関係ないですけど、京極氏を再興した京極高次(きょうごく たかつぐ)の流れを組んでいます。

京極高次は、浅井三姉妹の次女「お初(出家後は常高院)」の正室です。

子どもが出来なかったために、妹の「お江(2代将軍徳川秀忠の正室)」の子ども初姫を養女に迎えます。
大河ドラマの「徳川三代」では、お初がお江に「京極家存続のために」と、頭を下げたシーンが思い出されますね。

丸亀城にある家紋も京極氏の四つ目結紋(よつめゆいもん)だらけです。

四つ目結紋

丸亀城の見どころ

・高石垣

丸亀城は、ほぼ海抜0mと思われる大手二の門から、標高66mの亀山まで何重もの高石垣があって圧巻です。

大手門から三の丸へ向かう見返りの坂はかなりの急坂。

・二の丸井戸

広大な二の丸跡にポツンと井戸があって中をのぞけます。

標高が高いところにあるので当然なのですが深さは約65m。はるか下に水が見えますが飲み込まれそうなほどの高さです。

・天守

天守は日本一小さい3層3階の現存木造天守です。
「櫓くらいの大きさ」はちょっと言い過ぎかもしれませんが小さいんです。

丸亀城天守

でも標高は66m。で周りに高い場所は無いので眺望は最高です。
讃岐富士(飯野山)とか瀬戸大橋とかもばっちり見えますよ。

シチュエーションとしては、岐阜城(稲葉山城)のような感じでしょうか。

天守閣には二の丸搦手の防御のために石落とし出来る場所があります。
こんなのも見つけながら城巡りできると楽しいですよね!

二の丸搦め手

丸亀城石垣修復プロジェクト

2018年の大雨や台風で、7月に帯曲輪南面、10月に帯曲輪西面と三の丸坤(ひつじさる)櫓跡いしがきの石垣が崩壊して、現在修復中です。

一部通行止めにはなってますけど、メインの道は大丈夫なので、問題なく見学できますよ。

今回は、丸亀城が京極氏ゆかりの城だということと、生駒氏が奈良県生駒市から来てるということが分かったのが収穫でしたね。

亀山城の歴史等については
・亀山城天守閣(200円)
・丸亀市立資料館 2階常設展示室(無料)

に、展示されてます。