執権北条氏ゆかりの地、伊豆へ

執権北条氏ゆかりの地、伊豆へ

2019-11-21

今回は鎌倉を離れて、執権北条氏ゆかりの伊豆へ足を運びました。
北条氏は伊豆国出身の豪族で、鎌倉幕府の執権職を世襲した一族ですね。

執権北条氏の起源と源氏との関係

執権北条氏の起源は平氏。
898年高望王が関東に下向。その時一緒に来た長男国香(正室側)。その流れの「平直方」が始祖ですね。
※ちなみに923年、側室側の子良文(村岡五郎)が下向した地が藤沢市村岡。

平直方は朝廷の検非違使(警察みたいなもん)。
1028年に房総半島の平忠常(これも高望王繋がりの家系)が謀反を起こして、鎮圧軍として出陣するも敗北・・・

変わりに派遣されたのが源氏の源頼信(父)&源頼義(子)で、1031年に鎮圧。

応神天皇と八幡宮のゆかりの地巡り
今回は鶴岡八幡宮をきっかけに八幡宮のご祭神の一柱「応神天皇」にフォーカスをあてて、鎌倉も抜け出して(!)関連史跡を見ていきたいと思います。 ※神様の数え方は柱(…
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平直方は源頼義に感心して娘と鎌倉の屋敷を譲り、源氏と鎌倉との関係が発生!
そして平直方の子孫は伊豆方面を開拓して北条を名乗る、という訳。

鎌倉時代より200年前くらいにはこんな関係が出来上がってたんですね。

蛭ヶ小島|源頼朝の流刑地

源氏と北条氏の関係がちょっと分かったところで、実際に現地訪問。
まずは、平治の乱で敗れた源頼朝が挙兵するまでの20年間を過ごしたとされる蛭ヶ小島。

今は蛭ヶ島公園になっていて、石碑、頼朝と政子像、茶屋、上野家住宅、駐車場がありますよ。
見どころはそんなに無くて、「あーこういう場所か~」と雰囲気を感じる場所ですね。

北条の里|北条時政ゆかりの地

蛭ヶ小島の次は北条の里です。
北条氏ゆかりのお寺(成福寺?)に行こうとは思ってましたが、ココは現地で知った場所。
守山っていう小さい山の周りを囲むように史跡が固まってる場所でした。

北条の里」っていうのはバス停の名前。そこには数十台は停められる無料駐車場もありますよ。

願成就院&北条時政の墓

1189年源頼朝の奥州攻めの戦勝祈願のため、北条時政が建立した北条氏の氏寺

守山八幡宮

源頼朝挙兵の地です。今は無人の寂しい神社です。

政子産湯の井戸

1157年、北条政子が誕生したときに産湯の水をとった井戸と伝えられる。

頼朝・政子ロマンの路、北条の里さんぽ路

小さな路地なんですけど、道の名前にセンスを感じます(笑)

伝堀越御所跡

時代は進みますけど、室町時代の堀越御所跡です。北条氏の屋敷跡とされています。
ここからは、いよいよ戦国時代の北条早雲が登場してきます。ここらへんももっと詳しくなりたいですね!

北条氏の里周辺で便利な乗り物が「歴バスのる~ら」。マイカー無い方は利用価値ありですね。
歴バスのる~ら(HP)

江間の地|北条義時ゆかりの地

昔の自分なら、江間と言えば、江間イチゴ。だったんですけど、今は江間小四郎。人って変わりますね(笑)
江間小四郎は、鎌倉幕府2代執権の北条義時の別名ですね。

父時政の守山から北西に数キロ離れた江間に住んでたのでこの別名に。北条政子の頼れる弟です。
源頼朝にも相当気に入られて、個人的には執権北条家の祖は間違いなくこの人だと思ってます。

北条寺

北条義時が創建した寺院。境内の小四郎山には北条義時夫妻の墓。

近くには北条義時邸跡があったみたいなんですけど、見逃してしまいました・・・。
でも、北条の里でもまだ行けてない史跡がありますし、ほかにも見どころがありそうなので次回再訪したいと思います。