大和郡山城|大和国の超重要拠点

大和郡山城|大和国の超重要拠点
2020-01-18
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今回は奈良県の続日本100名城へ。
大和郡山城を知ると、大和国の戦国時代が良く分かってきますね!

大和郡山城(続日本100名城)

個人的にはお城の造りより、歴史や人物に興味があるのでそっちにフォーカスしちゃいます。

大和郡山城ネタでピックアップしたい人物は4人(+2人)。
この人たちをザックリ知るだけでとっても面白くなるし、話が広がっていきますよ。

郡山城址公園|桜の名所

大和郡山城の周りは桜の名所になってます。ソメイヨシノ800本。

つい最近まで天守閣が有ったか無かったか分からなかったみたいですが、発掘調査で天守閣が有ったことが判明して、奇麗な天守台が完成しましたね。

天守閣の再建はされてませんが、大手門や櫓の一部は見られますよ。

筒井順慶|大和郡山の築城主

1549-1584年。戦国大名。
大和郡山城の築城は1578年(35才頃)ですね。大河ドラマでもちょくちょく出てきます。

もともとは大和筒井城を拠点にしてたとか。
ちなみに、近鉄郡山駅のお隣は「筒井駅」。間違いなく筒井順慶と関係してますよね。

・島左近

この筒井順慶の家老に「島左近(1540-1600年)」がいます。
筒井順慶が亡くなってからは、筒井家と仲たがいをしたのち、石田三成が三顧の礼で迎え入れた優秀な人物です。

「治部少(石田三成)に過ぎたるものが二つあり、島の左近と佐和山の城」って言われるほどです。

松永久秀|筒井順慶のライバル

1508-1577年。戦国大名。

乱世の梟雄(きょうゆう|残忍で強く荒々しいこと)と言われる人物。
大河ドラマ「麒麟が来る」では吉田鋼太郎さんが演じます。イメージピッタリだな。

・多聞城

多聞城は松永久秀が建てた、今の奈良中心地に近いお城。

文化人でもあった松永久秀が造った多聞城は豪華絢爛だったようで、松永久秀を滅ぼした織田信長は城を打ち壊さず、安土城へ転用しとも参考にしたとも言われてますね。

そしてお城巡りしているとよく聞く「多聞櫓」。長屋式の櫓(石垣の上に建てられた長い建物)のこと。
以前は多聞城で初めて使われたと考えられてて、多聞城から名前が来てるんですね!知らなかったー。

豊臣秀長|兄・秀吉の信頼厚い大和大納言

1540-1591年。大名。豊臣秀吉の異母弟。
大和・紀伊・和泉3か国の110万石の大名に。官位が従二位権大納言となり、大和大納言と呼ばれ慕われた。

兄の秀吉をよく助けて、大和国でもトラブルなく治めたので、仕事ができる人だったんでしょうね。
大和郡山市には大納言塚や春岳院など秀長ゆかりの地が多くありますよ。

・春岳院

郡山の城下町に寺域をもつ町寺で、大納言秀長の位牌菩提寺。
春岳院の寺号は秀長の戒名「大光院殿前亜相春岳院紹栄大居士」から。

柳沢吉里|父は江戸時代の有名人

1687-1745年。江戸時代の大名。大和国郡山郡の初代藩主。
随分と時代が下ってしまいましたが、この父親が柳沢吉保っていう重要人物ですよね!

柳沢吉保、吉里の親子はともに「吉」っていう字が付いてますが、これは5代将軍徳川綱吉から頂いた文字。こうやって人物を関連付けて行くことは大切ですね。

・柳沢吉保

1659-1714年。江戸幕府の側用人。譜代大名。
主君は第5代将軍「徳川綱吉」。寵愛を受けて大老へ。

綱吉が死去すると隠遁。6代将軍「徳川家宣」-新井白石が政権を把握。

ややこしいと思っていた江戸時代の登場人物が少しずつ把握してきた感じがありますね。

スタンプ設置場所

場所:柳沢文庫 公式HP

開館時間: 9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日 :毎週月曜日、第4火曜日(祝日の場合は開館)、不定期休館あり
入場料 :300円(スタンプだけの場合は不要)

さかさ地蔵

石垣に使用する石が少ない場合は墓石や石像など、なんでも転用されちゃいますが、天守台の近くに大和郡山城では有名な「さかさ地蔵」っていうのがあります。

石地蔵が逆さ向きに窮屈で苦しそうな角度で使われています。
写真だと暗いし雰囲気が伝わらないので、ぜひ一度見てもらいたいですね。悲しくなりますから・・・。


続日本100名城(2/100)

これで、続日本100名城は2城目になりました。

スタンプ集めに勤しまず、知識の繋がりでご縁があったお城へ最低限の知識を付けて、じっくりと巡っていきたいと思います。