二条城|国宝・世界遺産の徳川家の城郭遺産

二条城|国宝・世界遺産の徳川家の城郭遺産
スポンサーリンク

今回は京都府中京区にある二条城に行ってきました。
入城料が1,030円(大人)と、この手の施設では高額です。が仕方ないですね・・・。

二条城(日本100名城 No.53)

元離宮二条城。離宮は皇室の別邸の一種。
二条城といえば徳川家ってイメージですけどそれは江戸時代の話。

明治時代には天皇家の所有となり離宮に。歴史は上塗りされますね。江戸城も今や御苑ですし。

二条城の公式HPはコチラ

二条城へのアクセス

・電車の場合

JR山陰本線「二条駅」
ただ、ここから二条城の入口までは1.5kmほど(徒歩20分弱)あります。

・地下鉄の場合

地下鉄東西線「二条城前」
二条城の入口(大手門)まで歩いてすぐです。JRと乗り換えができる「二条駅」は次駅です。

・バスの場合

バス停「二条城前」
バス1日乗車券を使うならこれが一番便利ですね。

二条城 スタンプ設置場所

・二の丸大休憩所

二の丸大休憩所は、二条城大手門の近くにありますが、順路としてはすべてを見物し終えた最後の建物です。
軽食コーナーや売店、休憩スペース、バス時刻表などの表示もある場所です。

二条城の見どころ

二条城はあまり戦を意識していないのか、二の丸の中に本丸を置いた並べたシンプルな縄張り(輪郭式)になっています。

お城の知識が少ない方は、大政奉還の二の丸御殿にどうしても目が行ってしまいますが、お城全体に目を向けたいですね。

国宝・二の丸御殿/特別名勝・二の丸庭園

全6棟からなる国宝二の丸御殿。
江戸初期に完成し、唯一残る御殿群です。

特別名勝の二の丸庭園は、江戸時代初期の茶人大名「小堀遠州」が手がけた。

本丸御殿

現在保存修理中の本丸御殿は、江戸時代の大火で焼失し、現在は御所から移築したものが建っています。

1626年(寛永3年) 後水尾天皇を迎える為に建築
1788年(天明8年) 市中の大火で焼失
1881年(明治14年) 徳川慶喜が幕末に建てたが、取り壊し
1894年(明治27年) 明治天皇の意向で、桂宮家の御殿主要部を移築。二条城は天皇家の別荘(離宮)だった。

江戸時代の建物が燃えちゃってるので、二の丸御殿と違って国宝にはなっていません。(重要文化財)

日本城郭検定 過去問題

二条城での出来事を整理

1601年(慶長6年) 徳川家康が築城に着手
1603年(慶長8年) 征夷大将軍拝賀の儀式
1611年(慶長16年) 徳川家康と豊臣秀頼(19才)が会見
1626年(寛永3年) 徳川家光の時、後水尾天皇行幸に合わせて二の丸御殿を改修
1750年(寛延3年) 雷火によって、5層の天守閣が焼失
1867年(慶応3年) 15代将軍徳川慶喜、二の丸御殿大広間で大政奉還の意思を表明

後水尾天皇の正室「中宮和子」

中宮和子(まさこ)とは徳川和子(1607-1678)のこと。女院号は「東福門院」

2代将軍「徳川秀忠」の5女。母は「お江」。
3代将軍「徳川家光」は、秀忠の次男(嫡男)で、母は「お江」

そのため、家光にとって和子は「同母妹」となる。

二条城にある埋門

城郭検定には「埋門(うずみもん)」が無い城は?という出題がありますが、二条城にはあります。

埋門:城の石垣や土塀の下部分をくり抜いて、そこに作った小門

二条城 その他

お城巡りに役立つ本