福井城|北ノ庄城と合わせて福井市の原点

福井城|北ノ庄城と合わせて福井市の原点
2020-09-30
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今回は福井県福井市にある福井城に行ってきました。

福井城(続日本100名城 No.137)

福井城は何重もの水堀に囲まれた大大名にふさわしい城郭だったと思われます。
大きな堀も今は殆ど埋められて、中心部のみ遺構が残っています。

上の図を見ると、今の福井城とJR福井駅の間に物凄い幅広い水堀があったことが分かりますね。
信じられません・・・。

福井城へのアクセス

・徒歩で

福井城はJR福井駅から歩いてすぐ、10分ほどです。
バスやタクシーなどを使う必要も全くないです。

福井城 スタンプ設置場所

福井県庁一階受付(平日昼間)

しかしここは平日の8:30~17:15しか開いていなくてそれ以外は、スタンプを押した紙を山里口御門の櫓内で、配っているっていう・・・。それでは、外野がブーブー言いそうですね。

福井県庁守衛室(閉庁時)

という訳で、平成31年4月からは、守衛室で続日本100名城のスタンプを押せるようになりました。
 ※県庁舎南西の時間外出入口

ちょっと分かりにくい鉄扉の横のインターホンを鳴らさないといけませんが、「スタンプを押したい」と言えば、多くの方がスタンプを押しに来るのでしょう、守衛さんも良く分かっててすぐに貸してくれます。

福井城の見どころ

御廊下橋と山里口御門

福井藩主(松平春嶽など)は、西三の丸の御座所に住み、本丸に向かう時には、御廊下橋から山里口御門を経由していたと考えられている。

天守台にある井戸が福井の由来

福井城の本丸には「福の井」っていう井戸がありますが、それが福井という地名の由来だそうです。

もともと北庄と言ってましたが、柴田勝家が賤ケ岳の戦いで負けてしまったために、負け地名で使うのをためらったみたいですね。。。

福井城の前身「北の庄城」

北の庄城は、柴田勝家が織田信長から与えられた越前の地に建てた城。
今は跡地と思われる場所に、柴田勝家を祀る「柴田神社」が建っています。

柴田勝家の妻は、絶世の美女言われている「お市(信長の妹)」

三姉妹は、お市の前夫「浅井長政」との子ですが、茶々、初、お江と有名です。

特に「お江」は大河ドラマ「葵 徳川三代」を見てから、三姉妹の中で一番の成功者だなと思います。

石垣には笏谷石を利用

福井城の石垣には笏谷石を利用しています。笏谷石が採れる足羽山に近いですからね。

ちなみに、日本城郭検定では笏谷石に関する問題がでますけど、
 ・瓦で使われているのは丸岡城 のみですから、しっかり押さえましょう。福井城は「石垣」での利用。

日本城郭検定 過去問題

築城者は結城秀康(家康次男、越前68万石)

結城秀康は、関ヶ原の合戦が終わった1600年に初代福井藩主になって、翌年、越前に入国。
今の福井市街はこの結城秀康が作った城下町が元になっていると言ってよさそうですね。

ちなみに結城秀康は越前国の前は、土浦を家康から貰い、土浦城を領内の支城としていた。2-10-51
※こちらも過去問出題。

福井城本丸にある結城秀康公騎馬像

福井城は北庄城を大改修して築城

結城秀康は、柴田勝家が築城した「北の庄城」を大改修して天下普請で福井城を築城。

かなり大きく改修したと思われ、福井城の本丸部分と、北庄城(現柴田神社)は、歩いていける距離にはありますが、結構離れてますね。

大改修されているので、当時の北庄城の遺構はその時に壊されてしまっています。

北庄城跡を上部から眺める

おまけ

平山郁夫は柴田勝家の末裔

越前北ノ庄城址の石碑に「平山郁夫」っていう名前があって、鎌倉繋がりを発見できました。

このネタは観光ガイドブック等に一切は書いていなかった。
柴田勝家の末裔とか、やっぱり実際に現地に行って知ることは沢山ありますね。

お城巡りに役立つ本